| 歴史に関するご質問等は、広島県、山県郡北広島町・大朝観光協会(kitahiroshima.com)にお問い合わせ下さい。 |
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| 駿河丸城跡(国史跡) ・大朝 |
| 昭和61年8月28日指定 北広島町大朝 大朝盆地北方の寒曳山南麓の低丘陵上に立地する丘城で,標高440m,比高約30m。 正和2(1313)年,吉川経高が駿河国から大朝本庄に入って以降三代が居城した。 |
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| 小倉山城跡(国史跡)・新庄 |
| 昭和61年8月28日指定 北広島町新庄 新庄盆地の北側,標高460m,比高約80mの丘陵上に位置する山城。
吉川氏四代経見が,本拠を駿河丸から新庄に移し築城したとされ,日山城に移るまでの
約170年間,吉川氏の本拠となった。
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| 日山城跡(国史跡)・新庄 |
| 昭和61年8月28日指定 北広島町新庄 新庄盆地の南を画する日野山(標高705m,比高300m)に築かれ,陰陽を結ぶ交通の要所と
山麓の盆地一体を押される位置にあり,要害に立地した中世末期の典型的な大規模山城。
吉川元春入城以来,三男広家が居城を出雲国月山富田城に移すまでの約40年間,吉川氏の
本拠として使用された。 |
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| 吉川経高墓所・新庄 |
| 新庄横路の谷の200m余り奥にあり,石垣,木製柵に囲まれ,墓印に五葉松,老杉が立っている。
吉川氏高祖経高は80歳の高齢を押して駿河国から大朝本庄へ赴き,元応元(1319)年86歳で没した。
はじめは大朝にあったが,後にこの地に移されたといわれている。 |
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| 龍山八幡神社本殿(国重要文化財)・新庄 |
| 昭和37年6月21日指定 北広島町新庄 正和2(1313)年,吉川氏が大朝本庄地頭として入封のおり,駿河国吉川村(静岡県清水市)から歓請
した神社。現在の本殿は,永禄元(1558)年吉川元春が再建したもの。三間社流れ造り,銅板葺き,
県下では厳島神社につぐ古い建物といわれている。 |
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| 枝の宮八幡神社本殿(県重要文化財)・大朝 |
| 昭和40年4月30日指定 北広島町大朝 当社は古くから「三輪庄大麻三荘鎮守枝宮」とあがらめた神社で,現在みる本殿は龍山八幡神社本殿の
建築に遅れること17年,天正3(1575)年吉川元春,元長父子によって再建されたもの。三間社流れ造り,
銅板葺き。 |
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